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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12521号 判決

原告 佐藤マス

被告 松村敏彦

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し、金二〇万円およびこれに対する昭和四〇年二月一一日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として、原告は、被告が振り出した左記約束手形二通を所持しており、昭和四〇年二月一〇日にこれらを被告に呈示した。

(1)  金額・一〇万円、満期・昭和三九年一〇月三〇日、支払地及び振出地・東京都台東区、支払場所・株式会社住友銀行上野支店、振出日・昭和三九年八月一〇日、振出人・松村敏彦、受取人および第一裏書人・野村和男、右被裏書人・白地

(2)  振出日 昭和三九年八月一一日、その余の手形要件は(1)と同じ。

よって原告は被告に対し、右各約束手形金合計二〇万円およびこれに対する右呈示の翌日たる昭和四〇年二月一一日から支払ずみに至るまで商事法定利率たる年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。なお被告主張の抗弁事実中、原告が訴外野村和男より本件各手形の裏書を受けたこと、被告がその主張のとおり、訴外伊倉喜三郎から土地家屋を買受けた事実は認めるがその余の事実はすべて否認する。本件各手形は野村が昭和三九年八月初旬、被告に貸し付けた金二〇万円の返済のために振り出されたものであって被告の右土地買受とはなんらの関係もないし、かつまた野村から原告に対する裏書は、原告が昭和三九年八月末日頃野村に売り渡したパチンコ機械等の代金二一八、〇〇〇円の内金二〇〇、〇〇〇円の支払のためになされたものであると主張した。

被告は、原告主張の請求原因事実は認める。と述べ、抗弁として、

(一)  原告は本件各手形を昭和三九年八月末頃訴外野村和男より裏書によって譲り受けたものであるが、右裏書は野村に対する被告の後記人的抗弁を切断し、譲受人たる原告をして本訴請求をなさしめることを唯一の目的としてなされた信託であるから、信託法第一一条に違反し無効である。

(二)  仮りに右裏書が訴訟信託でないとしても隠れたる取立委任裏書である。即ち、野村と原告とは昭和三六年により内縁関係にあって両者の間には何ら取引関係がないにも拘らず、野村は同人に対する被告の後記人的抗弁を切断して本件手形金を取り立てる目的で原告に裏書をなしたものである。

しかして被告は野村に対して次の人的抗弁を有する。即ち、被告は、野村の仲介により昭和三九年八月一一日パチンコ遊戯場経営の目的で訴外伊倉喜三郎からその所有にかかる群馬県箕輪町大字西明屋字連雀町二八九番地所在の宅地二五九、一七三六平方メートルおよびその地上家屋等を買い受け、野村に対し、右仲介料として金三〇万円の支払を約し、そのうち金二〇万円の支払のためにそのころ本件約束手形二通を振り出した。その際野村は被告に対し、(1)右土地建物の所有権移転登記手続が手形交付後一週間以内に履行されること、(2)被告が右土地の全部を利用してパチンコ遊戯場を経営するにつき法規上絶対に支障のないことを保障し、なお(3)前記家屋を店舗に改造する工事の完成予定日たる昭和三九年一〇月一五日までに少くとも五名の従業員を紹介することを確約し、もし、右(1)、(2)のいずれかに支障があり。また、(3)の履行をなさないときは、本件手形金の請求をしない旨約束した。

しかるに右土地に関する所有権移転登記手続は多少の延滞の後、その完了をみたが、家屋については今日に至るまでなお履行されておらず、又右土地の一部は風俗営業取締法第三条、群馬県同法施行条例第一四条に該当するためパチンコ遊技場としての営業許可を受けられない土地であることが判明したし、かつ、また、従業員の紹介も全然受けていないから、被告は野村との間の前記約定の趣旨に従い、同人に対し本件手形金を支払う義務はない。

しかして原告は前記のとおり野村より本件手形の取立委任を受けた者に過ぎないから、被告は野村に対する右抗弁を原告にも対抗して本件手形金の支払を拒み得る筋合であると主張した。

理由

一、原告主張の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二、よってすすんで被告の抗弁について判断する。

(一)  本件各手形振出の原因関係について、

(1)  被告は昭和三九年八月一一日訴外野村和男の仲介により、パチンコ遊戯場経営の目的で、訴外伊倉喜三郎からその所有にかかる宅地三筆ならびに同地上家屋等を、代金二五〇万円で買い受ける旨の契約をなすとともに野村に対しては仲介料として金三〇万円の支払を約したこと、しかして同月二六日右土地、家屋の所有権移転登記手続を直ちになす約束の下に、現地で被告は右代金二五〇万円を伊倉に支払い、直ぐさま登記手続を委任すべく右両名ら同道の上司法書士の事務所に赴いたところ、家屋については登記関係書類が不備であったため、直ぐには被告への所有権移転登記手続を受けられないことが判明したこと、そこで被告は伊倉に対し右二五〇万円の返還を要求するとともに野村に対する仲介料の支払も拒絶したところ、伊倉および野村が不備の書類を一週間内に整えて登記手続を完了する旨確約したので、被告はこれを信じ右金員の返還請求を思い上まり、かつ野村に対しても前記仲介料の内金として現金で一〇万円を交付したが、念のため残金は登記が完了してから支払うことになるよう約束手形を交付する旨告げ、野村もこれを了承したので、翌二七日被告の営業所で本件手形二通を野村に交付したことが認められる。

(2)  原告は本件各手形は被告の野村に対する借金受債務の弁済のため振り出されたものであり、野村は被告主張の不動産売買に関して仲介料を得た事実はないと主張し、証人野村和男の第一、二回証言中には右主張に副う供述がみられるが、右証言は前掲各証拠に照して採用し難く、他に原告主張の右事実を窺知して前記認定を覆えすに足りる証拠はない。

(3)  しかして前記不動産のうち、土地については昭和三九年一一月二〇日被告に所有権移転登記手続がなされたことは被告の自認するところであるが、家屋については未だその所有権移転登記手続がなされていないことが認められる。

(4)  してみれで被告は野村に対し、未だ前記仲介料の残額を支払う義務なく、従ってその支払のため振り出された本件各手形についてもその支払を拒み得ること明らかである。

(二)  原告の本件各手形取得の原因関係について、

原告が野村から本件各手形の裏書を受けたことは当事者間に争いがないところ、被告は、野村と原告とはいわゆる内縁関係にあり、本件各手形の野村から原告への裏書は訴訟信託ないし隠れたる取立委任であると主張するのに対して原告はこれを否認し、本件各手形はパチンコ機械の売買代金決済のために、受領したものであると主張するので考えてみる。

(1)  先ず野村のなした右裏書が特に訴訟行為をなさしめることを主たる目的としてなされたものと認めるに足りる証拠はないから、被告の訴訟信託の主張は採用できない。

(2)  次に、〈省略〉原告が昭和三五年二月以来今日まで居住している東京都台東区北稲荷町六八番地の住居は野村の名義で間借りをしている部屋であって、野村も、被告と伊倉との間の前記土地、家屋の売買契約書(乙第一〇号証)に仲介者として署名捺印するに当り住所として原告の前記住所と同一地番を記載したこと、野村はかねてより東栄産業株式会社東京支社もしくは豊商会の名称をもってパチンコ機械またはパチンコ遊戯場の売買ないしその仲介を業としていたが、昭和四〇年五月八日付の業界新聞「ホールとメーカー」に豊商会の営業内容を広告するに当り、夜間の連絡方法として原告の右住居に設置された電話の番号を指定したこと、野村は、従前訴外有限会社キング商会(被告が代表者)その他の取引先に対し、代金支払のため原告振出名義の小切手を交付したことがあること等の事実が認められ、〈省略〉野村と原告とは少くとも外見上、いわゆる内縁関係にあるとみられても無理からぬ程親密な間柄にあって、両者間には取引その他手形授受の実質関係はなく、野村は原告名義の当座勘定口座に本件各手形の取立金を入金すべく、即ち隠れたる取立委任の趣旨で本件手形を原告に裏書したものと認めるのが相当である。〈省略〉

(三)  以上のとおり野村が原告に対してなした本件各手形の裏書は取立委任のためのものと認むべきであるから、原告は被告に対し固有の経済的利益を有しないものというべく、従って被告は野村に対する前記(一)の人的抗弁を原告にも対抗して本件各手形金の支払を拒み得るものといわなければならない。被告の抗弁は理由がある。〈以下省略〉

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